※聖夜

 

祈りを捧げる同胞に

温かな光が差し込むように

涙を受け止める両手から

慈しみの心が芽生えるように

 

我が子よ祈りなさい

我が子よ祈りなさい

 

 

 

 

何回目かの12月25日の夜。

都会はクリスマス一色だった。

 

どの店も大通りも

電飾やツリーで彩られ、

有名な歌や賛美歌を

ひたすら流し続けている。

そして大抵、

どの場所でも、

恋人達や家族連れで

溢れかえっていた。

手にはプレゼントや

ケーキの箱を持ち、

誰もが寒さを感じさせない

素敵な笑顔をしていた。

 

そんな幸福な雰囲気が

満ちている大通りの中、

私は一人、黙々と歩いていた。

 

本当はここを

通りたくなかったが、

帰路に地下鉄を使い、

余分なお金を掛けるのが

私は嫌だった。

 

それに、この雰囲気が

辛いからといって

地下鉄やビルに

逃げ込んでも、

クリスマスの広告や

小さなサンタが

やぁと出迎えるだろう。

だったら何処にいても

同じじゃないか。

ならば大通りを通れば良い――

 

と、そういう理由で

私はただ黙々と

大通りを歩いていた。

 

 

…しかし本当に

何処に行っても

見ても聞いても

クリスマス一色だ。

今が最高潮であり、

また下降期寸前だけれど

見事にクリスマス一色だ。

 

確かにこの色は

素晴らしく綺麗なものだ。

しかしひとりぼっちには

堪える何かがある。

 

…やはり昨年と同じ様に

誰かと居るべきだったのか?

いやまずそれどころか

知る人全員が

予定を作っていたから

何も出来なかったじゃないか。

今年のクリスマスは

祝日だもんな、日曜だもんな。

自然とそうなるだろう。

あぁしまったなぁ。

大人しくずっと家にいれば

良かったんだ。

少なくとも図書館に

入り浸るべきではなかった。

いや、まず、昼に帰れば――

そうすれば、そうしておけば、

今頃、私は、

…今頃私はしっかりと……。

いや、でも、違う、

そうしなかったら――

 

そうifを並べて壊しては

溜め息をつく。

だがそれはマフラーが

しっかりと遮ったので

白い息は立ち上らず、

はぁ、という声も

誰かの笑い声に掻き消された。

 

それにしても、

人が多くて中々大通りを

抜けることが出来ない。

ずっと同じ場所にいる気がして

うんざりしてしまう。

疲れて酷く眠くなってきたし、

一旦何処かで

休むべきだろうか…?

 

そう重いながら

マフラーの先を

いじっていると、

どん、と軽く柔らかい衝撃。

 

えっ?と思い

辺りを見回すが何もない…

という訳でもなく、

目線を少し下にしてみると

目の前で子供が

転んでいた。

 

女の子。小さい。

六歳くらい、だろうか。

顔を真っ赤にさせて

今にも泣きそうにしている。

というより堪えている。

 

取り敢えず、

転ばせたままでは

いけないので、

 

「おい大丈夫か、ごめんな」

 

近付いて

小さな身体を起こす。

ついでに手を引いて

人の邪魔にならないよう、

道の端まで移動した。

 

「お兄ちゃん、悪い、人?」

「さぁ、どうだろ」

 

しゃがみこんで

改めて女の子を見る。

…なんだろうか、

違和感がする。

何処かで会ったような――

いや、違う、そうか、

この子素足だ。靴が無い。

それに結構薄着だ。

白いワンピース。

それに同じく白い上着。

白まみれだ。

真冬なのに、寒かろう。

私はマフラーをほどいて

女の子に巻く。

一瞬びっくりしていたが

 

「あった、かい」

 

と顔をほころばせた。

深緑のマフラーは

丈も色も雰囲気も、

不思議なほど女の子に

ぴったり合っていた。

 

「お兄ちゃん、これ手作り?」

「あぁ。母さんが

手編みで作ってくれた」

「すごい!」

 

女の子が嬉しそうにマフラーを

触っている間に立ち上がり、

私は周りを見回してみる。

……居るべき人が見えない。

 

「…お前どうした、

お父さんとお母さんは?」

「どっか、いっちゃった」

 

……迷子、か?

そうか、と当たり障りの無い

返事をしつつ、

もう一度見回してみる。

今度は、ゆっくり、

丁寧に、しっかりと。

だが酷く慌てている人――

女の子の両親と思われる人は

見えなかった。

 

これは不味いな、

と思っていると

鼻をすする音が聞こえる。

はっとして女の子を見ると

目に涙をいっぱいに溜めて

小刻みに震えていた。

……やれやれ。

 

「…な、

お父さんとお母さん、

探しに行くか?」

 

女の子は私をすぐに見上げ、

目の両端から

涙をぼろぼろと流しながら

何度も何度も頷いた。

 

よし、と私も頷き

おんぶをするために

しゃがんで――止まった。

 

「そうだ、お前、

靴はどうしたんだ?」

「落とし、ちゃった」

「へっ?なんでだ?」

「お母さん、とお父、さん、

追いかけてたら……。

でも、見えなく、

なっちゃう、から…」

 

拾えなかったってことか。

靴を買いたい所だが

この子の両親と

行き違いになりたくない。

うーんと唸りつつ考えた結果、

トレンチコートの下に

女の子をおんぶする事にした。

これなら安心だろう。

 

さて、

早く両親を見つけて

この子を優しく

温めてもらわねば。

 

そうして私達は

大通りを進み始めた。

 

「そうだ、お前の名前は?」

「ユキ」

「ユキ?良い名前だな」

「お兄ちゃんは?」

「秘密」

「ずるい」

 

ユキのお父さん、

お母さんはいませんかぁ、と

声をあげながら

大通りを歩いていく。

歩いていく。歩いていく。

だかちらりとこちらを見て

通り過ぎていく人ばかりで

何も進展は無かった。

 

「…そうだ、お父さんと

お母さんってどんな服

来ているんだ?」

「黒い服」

 

おいおい。

 

「……もうちょっと

詳しく教えてくれないか?」

「えぇっと、ね、

カラスみたいで、

ばさばさーってしてる、

ドレスみたいな服!」

 

なんだそれ。

 

…って、あれだ、

求道師の服だろうか。

携帯で検索をかけて

画像を見せてみると、

ユキの顔がぱっと

明るくなった。確定だ。

 

「なら、今から教会行くか」

「きょうかい」

「多分、ユキの

お父さんとお母さんの

友達がいる場所だ」

 

私の記憶がまだ

しっかりしていれば、

大通りから少し離れた

住宅街の真ん中に

中々な教会があったはずだ。

そこから来ているとしたら

後は楽だろう。

もし違ったとしても

この子を休める事が出来る。

 

光が溢れかえる大通りを外れ、

暗く閑静な住宅街の中を

ユキと進んでいく。

風が起こらない程度に、

出来るだけ早く。

 

「くらい」

 

ユキが呟く。

そうだな、と私は返す。

暫く歩いて、

個人で電飾を取り付けた

家の前を通り過ぎる。

 

「まぶしい」

 

ユキが呟く。

そうだな、と私は返す。

その後もユキは

周りを見ながら

暗いと眩しいを

繰り返した。

すると私は、

その声が徐々に

小さくなっている事に

気が付いた。

 

「ユキ、大丈夫か」

「ねむいの」

「本当か」

「うん、ほんと」

 

私は何故か不安になり、

少しずつ足を早めた。

早めて、早めて、

ユキを支える手を強め、

走り始めた。

住宅街の景色が次々と

通り過ぎていく。

無機質な白の光や

橙と赤と緑の光が

線になっていく。

景色がただ流れていく。

素早く、流れていく。

私の真っ白な息が

辺りを一瞬漂い、

消えていく。

儚く消えていく。

 

頼りないと感じた。

私を取り巻く環境も、

私自身も酷く

頼りないと感じた。

 

それでも――

 

 

 

 

 

教会にたどり着く。

扉を荒っぽく開け、

柔らかい橙の光が包む

中へ駆け込んだ。

 

そこでは牧師が眉間に皺寄せ

悩んでいる真っ最中の

ようだったが、

こちらを見てあっと叫んだ。

 

「君は――、まさか、

そんな、ミゾレ君では」

「そんな事より牧師さん、

この子、ユキを頼みます。

町中で迷子だったんです。

でも多分この聖堂の一員です。

名簿調べて両親に早く

会わせてやってください。

あとどうかすぐにでも

温めてやってください」

 

そうして私は牧師に

ユキを渡した。

小さな身体が私から離れる。

温かな光が私から離れる。

それで良いのだと思った。

それが正しいとも思った。

 

すると横からあぁと

叫び声が聞こえた。

あっと思った。

母親だった。

 

「ユキ!ユキ!!

あなた、ユキが

見つかったわ!」

 

同時にがしゃんという

電話を切る音。

ユキを見掛けなかったかを

聞くために、

名簿に載っている電話番号を

片っ端から掛け続けて

いたのだろう。

あぁ、父親だ。

 

私は、遠ざかる。

 

 

「ゆ、ユキ、良かった、

ずっと心配だった……!」

 

「お父さん、お母さん!

ごめんなさい、

ごめんなさい……!」

 

「ユキ、お前が

謝る事なんて無い…!

ごめんな、父さん、

手を離してしまったから――」

 

「皆同じ服だったから、

私達が出ていったと

勘違いしちゃったんだよね?

あぁ、上着を着ずに、

寒かったでしょう?

ごめん、ごめんねユキ、

本当に何もなくて良かった、

あぁ、ユキ…!」

 

「…牧師さん、誰が、

誰がユキを見付けて

くれたのですか?」

 

「会わないと、

気がすみません…!」

 

「……………」

 

「牧師さん?」

 

「……あぁ神様、

あなたは何と不思議な事を

成し遂げるのでしょう…」

 

「ど、どうしたのですか

牧師さん?」

 

「お兄ちゃん」

 

「?」

 

「私を助けてくれたの、

お兄ちゃんだよ。

名前おしえてもらえなかった。

でも、マフラーをくれたの」

 

「マフラー?

……あ、あぁ、あぁあ…!」

 

「そ、そんな、信じられない、

このマフラーは、お前が、

そんな……!」

 

「ああああぁあ、あ、あ、

ああああぁ、ああああ……!!

………っ、……れっ…!

みぞれみぞれ、みぞれ…っ!」

 

「みぞれ?

…ミゾレお兄ちゃん?

お兄ちゃん“生きてた”の?

まだここにいるの?

会えるの?」

 

「…分からない、

少しも分からない。

でもユキ、

お前は会えたんだな、

成長したミゾレに。

そして守ってもらえて

いたんだな…」

 

「……あぁ神様、

あなたはなんて慈悲深く、

なんと…あぁ……」

 

 

 

 

天に昇る我が同胞よ

貴方に絶え間無い

光の守護と安寧の日々が

捧げられんことを

 

そして地に住まう我等を

その慈悲深い眼差しで

見つめ、祈りなさい

 

祈りを捧げる同胞に

温かな光が差し込むように

涙を受け止める両手から

慈しみの心が芽生えるように

 

我が子よ祈りなさい

我が子よ、祈りなさい

 

 

 

 

 

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クリスマスの話。

 

補足で言うと、

今年(2013年)の

クリスマスは

祝日でも日曜日でもなく

水曜日です。

彼のクリスマスは

何年前の話なのでしょうか。

 

あと暗いよという

ツッコミは

受け付けません。サーセン。