※赤

 

 

何事かと思った。

 

友人が大量の赤色の

折紙の上に寝転がり、

これまた赤色の折紙で

張り巡らした天井を

虚ろな目で

見つめていたからだ。

 

……取り敢えず、

取り敢えず、だ。

この衝撃的な光景に会うまでの

経緯を思い出そうか。

 

 

――今から約10分前。

次の授業までの時間を

喫茶店で過ごしていた頃、

携帯に電話が入った。

誰からの着信か見ずに

出てみると

酷く虚ろな声で来てくれ

来てほしいと懇願されたので

幽霊かと思ったが

友人からだったので

嫌な予感を胸に抱きつつ

駆けつけた……

 

 

そう、それが経緯だ。

 

…よし冷静に思い出せた。

つまり俺の頭は少なくとも

大丈夫という事。

しかし友人は

既に遅かったようだ。

 

「すまない、

俺が早く来ていれば…

まずは精神科へ」

「赤になっちまったんだよ」

 

友人が天井を

見つめたまま言う。

 

「朝起きたらさぁ、

空が赤だったんだよ」

 

……駄目だ。

今すぐにでも精神科へ

連れて行かねば。

今日は朝から

雲ひとつない快晴だ。

台風の前ならともかく、

空は赤色な訳がない。

 

「俺まず夢かと思ってさ、

頬っぺた引っ張ったんだよ。

スゲェ痛かった。

なら目がおかしいのかと思って

目薬差したり色々したんだよ。

だけど空は真っ赤のままでさ。

……正直焦ったよ」

 

演技と思えないような

苦し紛れの笑い声。

嘘でもないようだ。

 

そして友人は先程の俺と同じく

経緯を語っているらしい。

ということは――

 

「俺、頭おかしくなった

と思ってさ、

精神鑑定みたいなの

スマホで検索して

やってみたんだけど

オールグリーン。

つまり俺の頭は

おかしくねぇんだよ」

 

友人がゆっくりと起き上がり

ため息をついた。

先程よりかはしゃんとした

目が一瞬こちらを向く。

……少し安心した。

 

「でまぁ色々探ったり

見たりしていたら

とある事に気付いたんだ。

…空が赤に見えた。

Yahoo!のロゴマークが

青に見えた。

カレンダーの

日曜日の色が青に。

代わって土曜日の色が赤に。

……なぁ。どういうことか、

分かんだろ?」

 

友人に問いかけられ、

頭の中で軽く想像をする。

普通、空は青であり、

Yahoo!のロゴは赤。

同じく大半のカレンダーは

日曜日の色は赤に、

土曜日の色は青である。

しかし友人には

逆に見えるという事は――

 

「お前の目には、青が赤に。

赤が青に見えると?」

「ご名答。その通りで」

 

友人は自嘲するかのように

笑った。

 

「だから青い空が恋しくて

天井に赤の折紙を

敷き詰めたと。

お前な、どっかのホラー

じゃないんだからな…」

「へいへい。

すみませんでした。

……でもしょうがねえだろ。

物は平気なんだけど、

空だけは無理だ。

かなり気が滅入んだよ。

それこそどっかのホラーに

紛れ込んだみてぇなんだよ」

 

深い深い溜め息が

赤い折紙を微かに揺らす。

 

「ん……そうか。

…なぁ、他の、

例えば緑とか黄色とかは

どう見えるんだ?」

「赤と青以外は

普通に今まで通り。

だから余計に

イライラすんだよ。

わざわざ変えんだったら

丸ごと変えりゃこちらも

開き直れるってのに」

 

がしがしと頭を掻きながら

友人はまた溜め息をつく。

…全く、自暴自棄になるなよ。

 

だが気持ちは

分からなくもない。

俺が部屋に入ってきた時の

衝撃的なあの光景。

あれが全ての風景に

反映されると思うと

寒気が走る。

そう思えばこの友人は

かなり一人で

頑張ってたんだな…。

 

俺もひとしきり頭を掻き、

友人と同じく上を向く。

 

目には酷く鮮やかな

赤い空が映る。

友人の目には

これが酷く鮮やかな

青い空に写るのだろう。

 

 

酷いもんだと思った。

 

 

……取り敢えず、

取り敢えず、だ。

 

友人に元気を

出してもらわねば。

…連絡をもらった者としても、

少しでも訳にたたなければ。

 

それに溜め息ばかり

つかれるのは

こちらとしても気が滅入る。

ここはひとつカレーでも

作ってやろう。

父直伝の――

今回はニンジン抜きの―-

男の野菜カレーだ。

 

財布の残高を思い出しつつ

友人の背中をばんっと叩いた。

 

 

「一生これが写るとは

決まってはいない。

今お前がすべき事は

お前の底無しの無頓着と

垢抜けた元気を出すことだ」

「………」

「あと昨日したことを

俺がカレーを

作り終わるまでに

隅から隅まで思い出せ。頼む」

「………」

 

 

友人は何回か

口をぱくぱくした後、

 

「ありがとう」

 

と、振り絞るように

声を漏らした。

 

俺は何回か頷くと

一応言ってやった。

 

「後で言え。

 

……ちなみにお前、

目から塩水出て」

「うっせぇ馬鹿野郎!」

 

飛んできたクッションを

俺は避けつつ

玄関へ走った。

なんだあいつ、元気死ぬほど

有り余ってるじゃないか。

…だったら

なんとかなるだろう。

気分も、元気も、目も。

 

それは勿論、

俺の希望的観測だ。

だがそう思うのなら

信じるべきだ。

そう思うのが、

今俺がすべき事だ。

 

 

調理手順を

シュミレーションしつつ

階段を素早く降りて

最寄りのスーパーへ

向かう道を急いだ。

 

その様子を

太陽と青い空が見ていた。

 

 

いつも通りの、

色をして見ていた。