※青

 

 

頭が真っ白になった。

 

友達が何故か絵を抱えて

戻ってきたと思ったら

いきなり俺が青が赤に、

赤が青に見えるようになった

理由を話始めたからだ。

 

 

思いもよらない事ばかりで

頭が考えることを

放棄して逃げ出そうとする。

だけれど理解しなければ、

分からなければいけない。

 

それにはまずどうすればいい?

 

……そうだ、まずは思い返せ。

全て、最初から。

 

 

 

――二人で一緒に

野菜がごたごたに入った

うまいカレーを食べた後、

友達が気を聞かせてくれて

俺の代わりに欠席書を

出しに行ってくれた。

ホント、美術大学のくせして

そういうのに厳しいからな。

 

で、俺はカレーの皿を

洗った後に

青い折紙の空を見ながら

昨日何をしていたかを

ひたすら思い出していた。

大学へ一人で行って、

いつも通りの授業を受けて、

日直で教室を片付けて、

それから帰って…。

 

うーん、

特に変わった事のない

いつも通りの日常。

っていうかあいつ、

思い出せって言ったけど

大抵同じ授業受けて

大抵一緒に行動するんだから

何もなかった事ぐらい

分かるだろ!

 

と憤慨すれば

考えはだんだんと

友達の方へ傾いた。

性格が面倒だとか無口だとか

妙に頑固だとか、

どうでもいい事を思い返しては

鬱憤を払うために喚いて

手足をじたばたさせたり

なんかした。

 

そして才能の差を

思い出した途端、

なぜか、完成させていない

課題絵を思い出した。

 

……あーあ。

まだ製作途中の俺の絵。

『澄む』というテーマに

添った

海の中で舞う魚の絵。

すぐにでも会いたい。

あの魚の輪郭を

早く手直ししたい。

もっともっと

ありったけの青で

輝かせてやりたい。

そうしないと、

そうじゃないと、

到底あいつに敵わない。

 

…どうして敵わない?

自答自問するまでもない。

あいつの独特で独立した

色彩センスに

飲まれるからだっての。

 

だってあいつの絵は

 

 

ぴんぽん。

 

 

唐突に響いた間の抜けるような

電子音に俺は飛び上がり、

考えも遥か彼方にすっ飛んだ。

なんか凄くひっかかりを

覚えるけれど

玄関へ向かい、扉を開けた。

するとそこには先程まで

憤慨の対象となっていた

友達が息を切らして立っていた。

驚きやら後ろめたさやらに

あせあせしながらも

居間に通す。

 

すると友達は二つのカンバスを

机の上に優しく置いた。

 

「?!」

 

俺はそれを見て

倒れるくらいに

衝撃を受けた。

ちなみに

一枚は俺の課題絵であり、

もう一枚が友達の課題絵。

何に驚いたって?

自分の絵があまりにも

グロテスクな

赤い絵に変わってて

ショックを受けた……

とかそんな

生半可なもんじゃない。

 

友達の、課題絵だ。

友達の課題絵に俺は驚いた。

『澄む』という

テーマの課題絵。

その友達の絵は、

異常に、普通だった。

 

俺の目がまだ正常だった時には

赤い空の中で舞う

鳥の絵という、

テーマを無視した

独特で独立した

色彩センスの絵だったのに、

今はこれが

青い空の中で舞う

鳥の絵という、

テーマに従順な絵に

なっていたからだ。

俺の目が異常だから

そう見える訳でもなく、

まるでもとから

そんな絵だったかのように。

 

友達は酷くうろたえる

俺の様子を見て、

 

「やはりな」

 

と呟いた。そして言った。

 

「まず単刀直入に言おう。

俺は色彩感覚が違う。

俺はな、子供の時から

お前らの感覚で言う

『青』を『赤』、

『赤』を『青』と

ずっと思ってたんだよ」

 

えっ、なんだよ、それ。

 

「つまり、

お前の今の異常な視界。

それが今まで俺が

見てきた世界だ。

言葉で表す際もな。

…なんていうんだ、

そうだ、例えば、

皆がポストの色を赤と言う。

俺も勿論その色を赤と言うが、

皆が見ている色と

俺の見ている色は全く違う。

そんな感じだな」

 

そんな感じだなって、

簡単に言うなよ。

それ生まれてこの方

皆と見てきたものが

ほぼ合っていなかったって

事だろ……?!

 

「でも、

俺の見ていた『青』は、

『青』らしくないというか、

皆が澄みきってる、

綺麗だと言う度に

おかしいと思っていた。

そうだよ。

見ている色は違うが、

色に対しての感受性は

皆と同じだったんだ。

……例でもあげるか。

皆はトマトを

美味しそうだと言う。

だが俺は美味しそうだと

全く思わない。

皆にはトマトは赤に見えて、

俺には青に見えるからな。

分かったか?感受性の意味」

 

分かったけど、お前、そんな、

なんですらすら言えるんだよ。

なんとも思わないのかよ。

 

「なら当然、描かれる絵は

てんで違った物になる。

また例をあげるか。

皆の描く課題絵は、

俺から見ると真っ赤だ。

澄みきってない、絵だ。

だが皆からみれば俺の絵は

真っ赤な絵だったんだな。

だから、独特的、独立的、

でも綺麗な色彩センス、か。

……今まで、本当に、

少しも気付かなかった。

でも、その色彩感覚で

俺は大学で異彩を放った。

皆に誉められた。

誰も、俺の本当の絵を

本当の色彩を見ずに、だ。

…そう、お前も

いつも俺の絵を誉め、

そして羨ましがっていたな。

だけど、

それがお前の目を

異常にした原因だ。

俺のような絵を描きたい。

そうお前が思ったのが

すべてのきっかけ。

そんな所だろう」

 

 

 

――以上が、

これまでの思い返し。

 

思い返した、が、

未だに頭がぐらぐらする。

でも考えろ、纏めろ!

 

まず、

俺の目が異常なのは

友達の絵を羨ましいと

思ったからである。

また、

友達は最初から

色彩感覚が違ったため、

人とは外れた絵を描いていた。

 

なるほど、そういうわけか。

 

「俺の目がまことしなやかに

おかしくなったのは、

俺がお前と同じような

独特的、独立的な

色彩センスの絵を描けるように

神様が手配したって訳か?

それと同じくして、

お前は今まで自分の色彩感覚が

皆とまるっきり違うと

気付けたって訳か?」

 

友達は、頷いた。

なんだよそれ、

馬鹿馬鹿し過ぎるし

突拍子過ぎる。

でも、信じるしか、ないのか?

俺が混乱しきって

床へ視線を落とすと、

友達は優しく言った。

 

「でも、大丈夫だ」

 

俺は顔をすぐさまあげる。

は?なんでだ?

 

「お前は俺の絵の

からくりに気付けた。

だからもう羨ましくはない。

だから直に、

元の感覚に戻るだろ」

 

「じゃあ待てよ!

だったらお前は色彩感覚が

ずれたと気付いたまま

生活を続けんのか?!

一緒に戻れないのか?!」

 

気付いたら俺は

立ち上がって叫んでいた。

俺の目が異常になった理由が

馬鹿馬鹿しいなら

友達の目が正常にならないのも

馬鹿馬鹿しい……!!

そんなの、駄目だ、

絶対に絶対に絶対にッ!!

 

「なに、お前熱くなって」

「ならなんでお前は

平気なんだよ!!

ようやく本当の空の色が

分かったんだぞ?!

お前、こんな、折紙の、

ちっぽけな空で

我慢できんのかよ!!」

 

悔しかった。

ただ悔しかったんだ。

普通の色彩に戻った課題絵が、

あの青い空の中で舞う

鳥の絵が見れねぇことが、

俺の目が正常に戻れば

もう二度と

友達の見ている

本当の色彩の絵が

見れねぇことが、

悔しくて悔しくて悔しくて

悔しくて悔しくて悔しくて

悔しくて悔しくて悔しくて

仕方ないんだよ、

仕方がないんだよ、

俺は、俺は…!!

 

「認めないッ!

絶対に、認めない…ッ!!」

「お前、馬鹿、泣くなよ」

「るっさい、うるさい……!」

 

泣くしかないだろ、

こんな残酷な。

今まで気付けなかった

自分も情けなくて仕方ない。

本当に馬鹿馬鹿し過ぎて

仕方ないだろこんなの。

最悪過ぎる。最悪過ぎる。

俺って何も出来ないのかよ。

友達はさっき

俺を慰めてくれたのに、

俺は、何も、何も……!!

 

 

 

……いや、そうじゃない。

出来る、一つだけ、

出来る事が、ある!!

 

やってやる。

俺は、やってやる!!

 

俺は友達をきっと見て、

馬鹿な泣き顔さらしながら

言ってやった。

 

「いいか、よく聞け!

俺は、絶対に、

お前が羨むような、

絵を、描いてやる。

羨ましくて、羨ましくて

仕方ねぇ絵を、だ!!

そしたら、お前、

そんな絵をみたら、

今の俺みたいに、

視界が変わって、

おまえは、ほんとうの、

本当の絵を、

皆の前で描けるんだからな!

絶対に、描かせるんだからな!

ぜったいに、

俺はもう一回

見るんだからな!!

お前の本当の絵を!!」

 

泣きじゃくって

つっかえりながら

俺は言った。

言いながらひたすら泣いた。

 

そんな俺の渾身の言葉。

けど、それは勿論

俺の希望的観測だ。予想だ。

だけどそう絶対なると

思ったんだから

俺は言ってやったんだ。

そう思うのが、

今俺がすべき事なんだ。

絶対、そうなんだ。

 

友達はそんな俺を見届けて

何回か口をぱくぱくした後、

 

「ありがとな」

 

と、微かな声を漏らし、

ようやく一粒涙を流した。

 

俺は何回かぶんぶんと頷くと

一応言ってやった。

 

「なにがなんでも

やってやるから、

絶対に待ってろよ。

絶対に、見てくれよ」

 

そしてぐっと笑った。

 

 

 

その様子を

太陽と青い空が見ていた。

 

いつも通りの、

色をして見ていた。